先月、仕事の合間を縫って、久しぶりに京都へ行ってきました。目的は観光ではなく、「食べる」こと。特に気になっていたのは、錦市場にある小さな“おばんざい屋”——「㐂㐂(きき)」という店です。
きっかけは、母が昔、「京のおばんざいは、余すところなく、季節を味わう芸術よ」と言っていたこと。私は東京育ちで、コンビニや外食が日常。家で作る料理も時短レシピばかり。そんな私が、“おばんざい”に惹かれたのは、自分の中に失われつつある“食への敬意”を取り戻したかったからかもしれません。
錦市場は朝8時から賑わいます。観光客も多いですが、地元のおばあちゃんたちが買い物籠を持って歩いている姿が印象的でした。その中に混じって、「㐂㐂」の前まで来ると、小さな暖簾の下で、白髪のおばあちゃんが黙々と大根を切っていました。

「いらっしゃい」とだけ言い、中へ案内してくれました。席はカウンター6席のみ。メニューはありません。「今日の気分で出すから」と笑います。
最初に出されたのは、「筍の土佐煮」。春の終わりの筍で、柔らかさとほのかな苦みが絶妙。次は「鯖のへしこと新玉ねぎの和え物」。発酵した鯖の塩気が、玉ねぎの甘みを引き立てています。そしてメインは「鱚の幽庵焼き」。皮はパリッと、身はふっくら。醤油・みりん・柚子の香りが口いっぱいに広がります。

「全部、今朝市場で仕入れたものよ」とおばあちゃん。
「魚は生きているうちに捌くのが一番おいしい。野菜も、畑から抜いたばかりがいいの」
その言葉に、私はハッとしました。
スーパーで“便利に”買える食材の裏には、命や時間や手間がある。それを忘れていた自分が恥ずかしくなりました。

昼過ぎ、店が一段落すると、おばあちゃんが「一緒に市場行かない?」と誘ってくれました。彼女の名前は千代さん、82歳。この店を40年続けてきたそうです。
市場では、豆腐屋のおじいちゃんと「今日の豆乳、濃いね」と挨拶を交わし、漬物屋では「明日は蕗の薹入るよ」と教えてもらいます。すべてが“人”と“つながり”で成り立っている。
千代さんはこう言いました。
「おばんざいってね、豪華じゃなくていいの。大事なのは、“今日”を大切にすること。旬のものを、無駄にしないで、感謝して食べることよ」
その夜、東京に戻ってから、冷蔵庫にあった人参とキャベツで、シンプルな煮物を作りました。味付けは薄めに。素材の味を大事に。一口食べたとき、涙が出そうになりました。
現代の私たちには、“速さ”や“効率”ばかりが求められます。でも、食卓は、そんなスピードから少し離れて、ゆっくりと“今”を感じる場所であってほしい。
京都のおばんざいは、ただの料理ではありません。
それは、季節と土地と人の、静かな対話です。
おすすめポイント:錦市場は9時前がベスト!観光客が少ない時間帯に訪れると、地元の空気が味わえます。「㐂㐂」は予約不可・現地のみ受付。勇気を出して声をかけてみてください。


















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